2016年05月26日

「宿題」って嫌なもの?

みなさん、こんにちは!


今回もゲームの紹介ではないです。
紹介したいゲームは溜まってきているので、
また、まとまったら文章にしていきますね。


さて、今日は「宿題」についてです。
というか、僕の学習観のようなものの紹介になるかもしれません。
あくまでいち個人の意見として読んでいただけると幸いです。



サイコロ塾では、学校から帰ってきた子どもが過ごします。
学校の宿題をする子もいれば、まっすぐゲームをする子もいます。


僕は、「宿題あるの?」とは聞くけれど、
「宿題をしなさい」とは言いません。
宿題をしだした子どもがいればお手伝いはします。
ただ、「学習を強いる」ということには、
ひときわ敏感になって子どもと関わっていると思います。
今回はどうしてそういう態度をとるのか、
ということについて書いていきます。


子どもたちは、「勉強嫌い」「宿題やりたくない」と言います。
なぜ?


「宿題」って嫌なものですか?


かくいう僕は小さいころ宿題をあまりする子ではなかったです。
それは、いったん身につけた内容を、何度も繰り返しさせる、
というやり方が嫌だったからです。
でも、勉強は嫌いではなかったし、今でも嫌いではないです。


むしろ、好きかもしれない。
だって、新しいことを知ることができるし、
それによってできることが増える、
新しい体験をすることができるようになる。
読めなかったものが読めるようになる嬉しさ、
自分で買い物をすることができるようになる誇らしさ、
そういったものは勉強がくれたものです。


「先生」はたくさんの知らないことを知っていて、
学校の授業はいつもワクワクするものでした。
その思いは今でも変わりません。


サイコロ塾に来て宿題をしている子どもたちを見ると、
とても辛そうに、苦行でもしているかのようにしています。


ひとえに宿題の出し方などの問題はもちろんあります。
(直接は書きませんが・・・)
しかし、そもそも「宿題」「勉強」に対する、
ネガティブイメージが子どもたちあるように思います。


いつから?
いつからそうなるんでしょうか?


宿題がポジティブイメージをともなっているもの、
宿題をすることによって、新しい扉が開けて、
次にまた進んでいける、っていう感覚をもたらすことって、
できないのでしょうか?


子どもたちにとって、宿題・勉強はいつの間にか、
「しなければならない」ものになっています。
本当は「したい」ものである方がいい。


ヒトは生来的に「学びへの欲求」を持っていると思います。
「食べる」や「寝る」などの欲求が満たされたあとにはなりますが、
その後は知識・情報を栄養とする生物だと思っています。


「宿題って楽しいんだ」「勉強って楽しいんだ」というのは、
実は最初は子どもたちは持っていると思うんです。


それが、強制されたとき、嫌なものになる。


だから、サイコロ塾では、
「宿題・勉強のご褒美にゲームをするということは決してしない」
ことを方針としています。


これは暗に、
「宿題・勉強」=辛くて、しなければならないこと
「ゲーム」=楽しくて、したいこと
という構図を子どもたちの感覚として作ってしまうからです。


サイコロ塾でやっていることは、
子どもたちがもともと持っている、
「学ぶって楽しいんだ」という感覚を取り戻すことです。


「ゲーム」は楽しい。それはそう。
だけど、実は「ゲームは学ぶこと」だし、
「学ぶことでゲームはもっと楽しくなる」。


「ゲーム」も「学ぶこと=宿題・勉強」も共に楽しいことなんです。
こうした学習観ってなかなか理解されないかもしれません。


ただ、1つの理想として、
ゲームを通して子どもたちに伝えていくことができたら、
と思っています。


http://www.q2l.org
リンクはアメリカのチャータースクール「Quest to Learn(Q2L)」です。

僕は、これを目指しています。

いつか、実現させたい夢です。
posted by サイコロ塾塾長 at 12:49| Comment(0) | そのほか

2016年05月19日

感情をコントロールすること

こんにちは!


今日のブログテーマは、「感情をコントロールすること」です。

一見すると、ゲームと関係ないように見えますね。
でも、サイコロ塾の普段の活動でも、
また放課後ボドゲ道場でも目標の1つにしていることです。


ゲームには、「勝ち負け」という明確な価値観が存在します。
これ自体は是非があるわけでも、善悪があるわけでもないです。


しかし、ひとたび「勝ち負け」へ異常にこだわりだすと、
とたんに問題が浮かび上がってきます。


それが、ゲーム中に起こる感情の取り扱いです。


ゲームは多分に運の要素が存在します。
それを完全にコントロールすることは不可能です。
これが、大人も子どもも同じ土俵に立って勝負することができるという意味で、
ゲームの良さでもあります。


しかし、運が悪い方に転べば、自分の勝利が遠のくこともあります。
そんなとき、「悲しい」「悔しい」、
そして、ときには「怒り」さえも覚えるかもしれない。

逆もまた然り。
運が良い方に転べば、「嬉しく」「喜び」に溢れるでしょう。


感情自体は否定できるものではないです。
勝負にある程度こだわる=真剣勝負になるからこそ、
ゲームは面白くなるのです。
だから、適切に感情を表すのはとてもいいことだと思います。


ただし、そうした感情を不当な行動で示すのは違います。
ここでいう不当な行動とは、

・ゲーム途中で諦めを口にする→他の人のモチベーションがさがる
・ゲームを逸脱する振る舞いをする
・必要以上に喜び、敗者をこけおろす
・etc...


サイコロ塾では常々、
「ゲームだから、勝ったり負けたりする」
ということを伝えています。


勝った時には自分の実力、
負けた時には運が悪かった、とゲームの展開を振り返ることをしてほしいと思っています。

あわせて、それぞれの場合にどう行動していけばよいか、
については子どもたちに伝えていきたいと思っています。


ゲームが終わった後、
「あの人には負けちゃったけど、もう一回あの人とゲームをしたい」
そう言われるような行動をとれる人になって欲しいと思っています。
posted by サイコロ塾塾長 at 10:37| Comment(0) | そのほか

2016年05月12日

マイクロロボット

こんにちは!

GWを挟んだので久しぶりのブログ更新となります。


今回紹介するのは、「マイクロロボット」というゲームです。


このゲームは、ボード上の特定のサイコロの目からサイコロの目に、
ロボットを何回の動作で移動できるか、ということを素早く判断するパズルのようなゲームです。

IMG_0778.JPG

ロボットの動かし方には特徴があって、
原則として、縦か横に一直線にしか動けません。

また、今ロボットが置かれているマスと同じ色のマス(6色あります)、
もしくは、同じ数字(サイコロなので1〜6)のマスに移動できます。

目的地となるマスを決めるために、
色を指定するサイコロと数字を指定するサイコロの2つを振ったら、
「よーい、スタート!!」

頭の中で、何回の移動で目的地までたどり着けるかを考えます。
一番早く移動数を申告することができたら、答え合わせ。

実際に子どもにロボットを動かしてもらって、あっていたらめでたく1ポイントもらえます。



このゲームのポイントは2点です。

1つ目は、ロボットの特性を踏まえた上で移動した経路を再現すること。
これには、答え合わせまでのごく短い時間、経路を記憶しておく必要があります。

子どもによっては、頭の中で目的地までたどり着けはしたものの、
答え合わせのときにうまく再現できない、ということが起こります。

人の記憶は、だいたい「7±2」個の物事まで短い時間なら覚えておけるそうです。
できるだけ、「7」回以内の移動でロボットを目的地に移動できるように経路を考えるとよいですね。



2つ目は、ゲームに使っているボードを俯瞰で見ること。
「う〜ん」と袋小路に入り込んでしまうと、
なかなかルートを思いつくことが難しくなってしまいます。

IMG_0777.JPG

そんなときは、いったん視線をひいて考えてみることです。
近くばかりをみていたなら、遠くの場所を見てみる。
色に着目していたなら、数字に着目してみる。


そうすると、意外と道が開けてくることがあるというのが面白いところです。

実際、「岡目八目」というように、当事者では気づきにくいことが、
周りから見ている第三者からは明らかに分かるということがあります。

ちょっと視点を変えてみる、一歩引いてみてみる。
こういうことをゲームを通して、
子どもたちが自然とできるようになるといいなぁと思います。



「マイクロロボット」はAmazonでも買えるようです。
とっても簡単なゲームですが、
その実、短期記憶を鍛えたり、俯瞰でものを見る力をつけたりするのに役立ちます。

ご興味を持たれた方はどうぞ。


posted by サイコロ塾塾長 at 10:56| Comment(0) | ゲーム紹介