2017年12月07日

勉強することの意味は?

こんにちは!
今週からぐっと寒くなりましたね・・・


さて、今日のブログなんですが、
ちょっと「ゲームデザインノート」をお休みして、
『勉強するのは何のため?ー僕らの答えの作り方』という本を
読んだ感想、考えたことなどを書いていきます。


子どもたちと接していると、
「なんで勉強せないかんと?」
という質問を受けることがあります。



小学生にあがってすぐの子どもも、
はじめて学習につまずいた3年生も、
受験を目の前に控えた中学3年生も、
どんな子どもでもこういう疑問を持つことはあります。



そのたびに、質問を投げかけられた方は、
なんとなく「正しい」ような回答をします。


たとえば、
「頭がよくなるためだよ」

たとえば、
「将来いい仕事につくためだよ」

たとえば、
「学校では勉強することになっているからだよ」

などなど。


どんな回答もなんとなくは真実をいっているように思うし、
その人(回答した人)にとっては、
それは悩んでたどり着いたことかもしれません。


ですが、本質的には「勉強することの意味」は、
一体なんなんでしょうか?


学校の先生は、聞けばなんらか答えてくれるかもしれませんが、
それを「教わる」という機会はなかったような気がします。
(少なくとも自分にはそういう覚えはないです・・・)


そう、この問題は「教わる」のではなく、
自分で腑に落ちる答えを「見つけ」なければならないのです。


とはいえ、冒頭に紹介した本も「答え」を出すことを
回避しているわけではありません。


本の中では、
「<自由>になるため」であると言います。


<自由>は、
ここでは「生きたいように生きる」ことを意味しています。


誰もが本来的に、自分自身の欲望を持っていて、
「生きたいように生きたい」と思っています。


「生きたいように」というのは、
将来何かの職業につきたいというレベルから、
もっと漠然とした生き方みたいなものも含まれます。


とにかく、「生きたいように生きる」ための力を身につける、
その方法が「勉強すること」なのです。


逆説的な(矛盾する)言い方になるかもしれませんが、
「学ばない(学びたくない)という生き方をしたい場合も
学ばなくてよいために学ばなければならない」
のです。



僕自身はこれらの考えはとても腑に落ちていて、
こういうことを教わるまではいかなくとも、
知っていれば多くの子どもたちが、
楽になるかもしれないなと思います。


子どもたちだけではなく、
親御さんも、先生たちも。


学習成績をあげることに躍起になるのではなくて、
<自由>になる力を身につけさせる、
そういうふうに考えてもらえればいいのになと思います。


サイコロ塾に来る子どもたちは、
「学校」という普段の場所からやってきます。


「学校」「勉強」「宿題」


それまで自分の周りになかった概念が急に増え、
意味もわからずやることをせまられます。


このとき、
「なんで勉強せないかんと?」
に丁寧に答えられることがとても大切なような気がします。


「学び」を好きになるきっかけは、
このときにこそあると思うからです。


もし学校で教えてくれないとしたら、
サイコロ塾がそういう場でありたいと思います。


「学び」とのファーストコンタクト。
それが、「楽しい」ものであるように、
そういう場こそ作っていきたいです。

勉強するのは何のため?画像.jpg
タグ:サイコロ塾
posted by サイコロ塾塾長 at 12:21| Comment(0) | そのほか
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