2016年06月23日

ゲームにおける失敗体験

みなさん、こんにちは!!

ちょっとゲームの紹介が滞ってますが、
そのうちたまったゲームたちを紹介していきます。


さて、今日のブログのテーマは、「失敗」についてです。


ゲームにおける最大の失敗、それはゲームに負けてしまうことです。
子どもたちの様子を見ていると、
やっぱり負けるのはとても悔しそうで、
すぐに、「もう一回」と声をあげることがあります。


それだけ、勝つ=「成功」という体験が持つ、
自分を肯定できる、誇れる感覚が大事だとも言えます。
この、自分を誇れる感覚はとっても大事なのですが、
それは別稿に譲るとして、今回は、
このゲームにおける「失敗」の意味について考えます。

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ゲームの特徴として、
「行動の結果が即時的にフィードバックされる」
というものがあります。

ゲーム内で自分が取った行動が、
ほかのどんな場所に影響していて、その結果として、
どのような作用を及ぼしたかがわかる、ということです。

将棋や囲碁のような、
「運」のまったく関与しない、アブストラクトという分野のゲームでさえ、
はじめの一手がとっても重要であることはよく言われることです。
「原因(=自分の取った行動)」から「結果(=勝敗)」までの、
その距離が長いので想像が及びにくいのですが、
ここで言いたいのは、結局自分の取った行動の結果が、
なんらかの形で自分でわかるように設計されている、
それがゲームの特徴であるということです。


このようなとき、ゲームにおける「失敗」は、
ただただ無用に劣等感を引き起こしたり、
個人の名誉を傷つけるものではありません。


むしろ「成功」へのヒントをあたえてくれる重要なものです。
「あのときこう動いていたら・・・」
「あのサイコロの目が2だったら・・・」
というように、
ゲーム中のプレイの内容を振り返ることは、
そのまま勝ちにはつながらなくとも、
それぞれのプレイングを改善していくヒントになります。
そして、これはゲームだから容易なのです。


現実世界だとそうはいかない。
それは、さまざまな要因が絡み合って、
「結果」が生み出されているからです。


とはいえ、「ゲーム」というマジックサークルで区切られた空間で、
上記に挙げたように、「なぜこのような結果になったか?」を
考える癖をつけておくことは決してマイナスにはならないと思います。
よく「できるだけ失敗をして、失敗から学びなさい」と言われます。

しかし、「失敗からどのように学べばよいか?」は、
意外に教えられることは少なく、
具体的に「いつ」「どこ」といった項目で自分の行動を振り返る、
という癖をつけていなければ、うまくいきません。



子どもたちはすぐに「もう一回!!」といってゲームを始めてしまいます。
それは「勝ち」の魔力からという理由のほかに、
ゲーム自体が楽しいからというのもあるのでしょう。
とはいえここで、あえて「勝ち」にこだわるのであれば、
「失敗」を振り返るということには意味がありそうです。

もちろん、通常は子どもたちのモチベーションを止めてまで、
無理に「失敗」を振り返らせることはしません。
というか、自然に改善ができる子どもは次のゲームの中でしています。
しかし、放課後ボドゲ道場の中ではあえてひとつひとつを具体的に振り返って、
次につながる何かを見つけてもらおうと思っています。
posted by サイコロ塾塾長 at 09:45| Comment(0) | そのほか

2016年06月16日

ゲームの効果・効能?

みなさんこんにちは!
今日は福岡はちょっと雨模様です。


さて、今回は「ゲームの効能・効果?」という
テーマで書いていこうと思います。


思い起こせば、自分が小学生の頃は、
ファミコンが爆発的に広まり、
テレビゲームが全盛の時でした。


「1回30分まで」と申し付けられてはいましたが、
時間を見つけては隠れてゲームをし、
友達の家に入り浸ってはゲームをしました。


そんな様子を見た親たちは、
「ゲーム」を敵視し、無駄なもの、邪魔なものとしました。
(僕のまわりの人たちだけかもしれませんが・・・)


今にして思えば、こうした押し付けへの反発が、
僕自身を「ゲーム」の研究へと駆り立て、
今のサイコロ塾につながっているのだと思います。
その頃から、「ゲーム」は楽しむだけではなくって、
きっと「なんらか」があるはず!!
と信じていました。


そして、大学に進み、ゲームの研究をし、
「ゲームの社会的活用」について論文を書きました。

こうした僕の抵抗は、
実は今のサイコロ塾を始めるにあたって、
少しでも自分のしたいことを科学的に裏支えしたい、
という思いからでした。



サイコロ塾では、
「ゲームをすることで生きる力を育てる」
ということを標榜しています。
これを見た人たちの中からは、
「えっほんと?」「ゲームが?」
という声が聞こえてきそうです。


ゲームの効果研究を長い間行ってきた自分の経験からして、
これらの声に反論をすることは容易ではありません。


なぜなら、「ゲームの効果・効能」は即座に、
「ゲームをしたからこうなる」と言える代物ではないからです。

いわゆる学校でのテストのように、
これを教えれば、あれが身について、テストの点数がよくなる、
といったことではないのです。


ゲームの効果・効能はもっと目に見えない、
それこそ、地頭の強さを強化していくようなもので、
さらに、それが見えるのはうんと時間が経ってからだと感じています。


こういうふうに即座に、わかりやすい形で結果が見えないものに対しては、
世間的にはお金を投資する価値を見出してもらえないし、
無視されていくのもある面では仕方ないとも思っています。


ですが、実感として「今、ここ」の子どもが、
まさにゲームを通して考え、
難しい課題に挑戦している姿を目にしていると、
あと何年かあとに、その子どもたちが、
「ゲームをしていたから・・・」
と言ってくれそうな気もしています。


今はほんの希望的観測にしか過ぎませんが、
しっかりと実践を記録し、積み重ねていくことで、
「ゲームの効果・効能」というぼんやりしたものを、
サイコロ塾の中で、はっきりさせていければいいなぁと思っています。



ちなみに、米国ではこうした実践を重ねた上に、
客観的データを示している例が存在しています。
http://www.instituteofplay.org/work/projects/glasslab-research/
たびたび事例をあげています「Quest to Learn」のように、
いつか「ゲーム」を中心とした学びの場を作りたいです。
posted by サイコロ塾塾長 at 12:46| Comment(0) | そのほか

2016年05月26日

「宿題」って嫌なもの?

みなさん、こんにちは!


今回もゲームの紹介ではないです。
紹介したいゲームは溜まってきているので、
また、まとまったら文章にしていきますね。


さて、今日は「宿題」についてです。
というか、僕の学習観のようなものの紹介になるかもしれません。
あくまでいち個人の意見として読んでいただけると幸いです。



サイコロ塾では、学校から帰ってきた子どもが過ごします。
学校の宿題をする子もいれば、まっすぐゲームをする子もいます。


僕は、「宿題あるの?」とは聞くけれど、
「宿題をしなさい」とは言いません。
宿題をしだした子どもがいればお手伝いはします。
ただ、「学習を強いる」ということには、
ひときわ敏感になって子どもと関わっていると思います。
今回はどうしてそういう態度をとるのか、
ということについて書いていきます。


子どもたちは、「勉強嫌い」「宿題やりたくない」と言います。
なぜ?


「宿題」って嫌なものですか?


かくいう僕は小さいころ宿題をあまりする子ではなかったです。
それは、いったん身につけた内容を、何度も繰り返しさせる、
というやり方が嫌だったからです。
でも、勉強は嫌いではなかったし、今でも嫌いではないです。


むしろ、好きかもしれない。
だって、新しいことを知ることができるし、
それによってできることが増える、
新しい体験をすることができるようになる。
読めなかったものが読めるようになる嬉しさ、
自分で買い物をすることができるようになる誇らしさ、
そういったものは勉強がくれたものです。


「先生」はたくさんの知らないことを知っていて、
学校の授業はいつもワクワクするものでした。
その思いは今でも変わりません。


サイコロ塾に来て宿題をしている子どもたちを見ると、
とても辛そうに、苦行でもしているかのようにしています。


ひとえに宿題の出し方などの問題はもちろんあります。
(直接は書きませんが・・・)
しかし、そもそも「宿題」「勉強」に対する、
ネガティブイメージが子どもたちあるように思います。


いつから?
いつからそうなるんでしょうか?


宿題がポジティブイメージをともなっているもの、
宿題をすることによって、新しい扉が開けて、
次にまた進んでいける、っていう感覚をもたらすことって、
できないのでしょうか?


子どもたちにとって、宿題・勉強はいつの間にか、
「しなければならない」ものになっています。
本当は「したい」ものである方がいい。


ヒトは生来的に「学びへの欲求」を持っていると思います。
「食べる」や「寝る」などの欲求が満たされたあとにはなりますが、
その後は知識・情報を栄養とする生物だと思っています。


「宿題って楽しいんだ」「勉強って楽しいんだ」というのは、
実は最初は子どもたちは持っていると思うんです。


それが、強制されたとき、嫌なものになる。


だから、サイコロ塾では、
「宿題・勉強のご褒美にゲームをするということは決してしない」
ことを方針としています。


これは暗に、
「宿題・勉強」=辛くて、しなければならないこと
「ゲーム」=楽しくて、したいこと
という構図を子どもたちの感覚として作ってしまうからです。


サイコロ塾でやっていることは、
子どもたちがもともと持っている、
「学ぶって楽しいんだ」という感覚を取り戻すことです。


「ゲーム」は楽しい。それはそう。
だけど、実は「ゲームは学ぶこと」だし、
「学ぶことでゲームはもっと楽しくなる」。


「ゲーム」も「学ぶこと=宿題・勉強」も共に楽しいことなんです。
こうした学習観ってなかなか理解されないかもしれません。


ただ、1つの理想として、
ゲームを通して子どもたちに伝えていくことができたら、
と思っています。


http://www.q2l.org
リンクはアメリカのチャータースクール「Quest to Learn(Q2L)」です。

僕は、これを目指しています。

いつか、実現させたい夢です。
posted by サイコロ塾塾長 at 12:49| Comment(0) | そのほか