2016年06月02日

バトルライン

こんにちは!!


久々のゲーム紹介です。

今回紹介するゲームは「バトルライン」です。

このゲームは、2人専用の対戦型カードゲームです。
多作で有名なライナー・クニツィアさんが作者です。

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子どもたちが触れるカードゲームといえば、
ポケモンカードゲームに始まり、
デュエルマスターズなど、カードを集めて、戦わせるものが多いですが、
このゲームは、セットに入っているカードのみを用いて、
対戦を行います。



やり方はとっても簡単。
はじめに7枚ずつ配られたカードを、
順番にフラッグと呼ばれるコマの前に置いていきます。


1つのフラッグの前にはお互いに3枚までカードを置くことができます。
その3枚で、様々な役を作って勝負をし、
役の強い方がそのカードが並べられているところのフラッグを得ます。
いちはやく3つ連続したフラッグを獲得するか、
全部で9つのフラッグのうち5つを獲得すれば勝ちです。

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このゲームとってもルールは単純で、
子どもたちのとっつきもとても早いです。


とりあえず手元に来た強いカード=「10」を置いたり、
強い役=同じ数字の3連番を目指して置いていきます。


こうやって置いて行くこと自体は間違いではないのです。
現に僕自身も初めてしたときには、特に考えなしに、
強いカードが来たら出し、強い役を目指すことに終始していました。


しかし、何度かこのゲームをしているうちに、
その深淵を覗く機会があったので紹介します。



深淵その@
『安易に役を確定させない。』

先にご紹介した通り、このゲームではカード3枚を使って、
「役」を作ります。
「役」には5種類あって、そこに強弱があります。
例えば、同色のカード3枚揃えると、
「バタリオン」という3番目に強い役になります。

ここでポイントなのは、
「3枚」揃って、はじめて役になるということです。


相手より先に役を作れた場合、
一番強い役であれば相手への牽制になります。
しかし、そこまで強い役ではなない場合、
相手に勝てる見込みを与えてしまうことになり、
結局はフラッグを相手に持っていかれる可能性すら出てきます。


また、初めから「どの役を作るぞ!」と明確にしすぎると、
相手がそれよりも強い役を打てる可能性を出してきた時に、
変化して対応できなくなってしまいます。


役をどのタイミングで確定させるか?
今の手にあるカードで変化させられる可能性はないか?
また、相手の役は完成しそうかどうか?
こういったところに頭を巡らせることができれば、
フラッグの獲得が近くなることでしょう。



深淵そのA
『特殊カードに頼りすぎない。』


このゲームにおける基本のカードのセットは、
「1」から「10」までの数が書かれた6色のカード60枚です。

実はこれに加えて様々な効果を発揮する、
特殊なカードが10枚ほどあるのです。

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これは、自分の順番のときに、基本のカードを出すかわりに、
出すことができ、自分にとって有利な効果を得ることができます。

たとえば、ワイルドのカード。
これは、基本カードの何の代わりにでもなれるという超強力なカードです。



子どもたちと対戦していると、
こういった派手な特殊効果を発揮するカードを頻回に使います。
ですが、実はここに「深淵」はないような気がします。


いかに特殊カードを我慢しながら、
基本カードで役を作っていくか、
というところにヒリヒリするような面白さがあるのです。


というのも、特殊カードにはそのカードを出せる条件が存在します。
それは、「相手が出した特殊カード+1枚までしか出せない」です。
つまり、相手が1枚特殊カードを出せば自分は2枚まで出せます。
これは裏を返せば、相手が特殊カードを1枚出した状態で、
自分が特殊カードを使用しない限り、
ずっと相手に特殊カードを使わせないことができるということです。


子どもたちは特殊効果の派手な効果に目が行きがちで、
こうした条件を忘れがちです。
もちろん、特殊効果アリアリでのゲームも楽しいのですが、
あくまで「切り札」的に使うものとして取り扱うことで、
このバトルラインの「深淵」に迫っていけるような気がします。



深淵そのB
『カードをカウンティングする。』


最後の深淵、それはカウンティングです。
ある種のゲームでは、自分の持っている手札、場に出ている手札から、
山札に残っている手札、相手の手札を予想していくことが可能な場合があります。
この、「どのカードが出ていて、どのカードが残っている」と、
数えていく作業を「カウンティング」と言います。


このカウンティングができると、
「バトルライン」はより締まった展開を見せるゲームになります。


先に書いたように、このゲームでは、
お互いがフラッグの前に3枚までカードを出して、
そこで出来た役の強弱でフラッグの獲得争いをします。
通常はお互いが3枚を出し切らなければ勝負はつきませんが、
例えば、相手の目指している役よりも、
確実に自分の役が強い場合、相手が3枚目を出すのを待たずに、
フラッグを獲得することができます。


どうしてこれができるのか?
そこに「カウンティング」が関わってきます。
各色は「1」から「10」まで1枚ずつしか存在しない、
という大前提があるからこそできることなのです。



たとえば、あるフラッグの前に、異なる3色の「3」を並べました。
対して相手は、異なる2色の「5」を並べています。
一見すると、相手の方が自分よりも強い役を揃えそうな感じです。
しかし、この場所はすでに自分がフラッグを獲得できる、
ということを証明する術が存在するのです。


それは、場に相手の待っている「5」がすでに4色出てしまっている場合や、
3色出てしまっていて、自分の手元に残り1枚の「5」を持っている状態です。
「5」のカードは全部で6枚しか存在しません。
相手の出している2枚のところに、「5」を置ける術はすでにないのです。
このとき、相手がそのフラッグに残りの1枚を置くのに先んじて、
自分がフラッグ獲得を宣言することが可能なのです。


そして、このカウンティングによってフラッグを早く獲得することには、
さらなる副次的な効果があります。
それが、「相手がカードを置けるスペースをつぶしていく」という効果です。


2人対戦のゲームですので、自分が欲しいカードが手にはいる確率も、
いらないカードが手にはいる確率も等しく2分の1です。
ときにはいらないカードが手元に残ります。
いらないカードはできればどうでもいい場所に置きたいのですが、
そういう場所自体を上の戦法によってつぶされてしまいます。
そして、結局は強い役を作ろうと思っていた場所に、
いらないカードを置かざるを得なくなっていきます。


これが、3つ目の「深淵」です。
写真は大人同士がカウンティングも含めて、
ガッチガッチに対戦したときのものです。

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「バトルライン」はプレイすればするほど、
その奥深さに気付かされます。
トレーディングカードゲームとは違って、
派手な特殊効果がモリモリ詰め込まれているわけではありません。


しかし、そこには唸るほどの「深淵」があります。
子どもたちはまだまだそこまで気がついていないような気がします。
まだまだ何度もプレイをして、
子どもたちにこうしたメカニクスを生んでいる、
ゲームデザインの美しさを体感して欲しいと思います。
とにかく「気づき」が大事なゲームです。


現在Amazonでは入手難ですが、
とってもよいゲームかつ、2人でできるのでよければぜひ。


posted by サイコロ塾塾長 at 10:57| Comment(0) | ゲーム紹介

2016年05月26日

「宿題」って嫌なもの?

みなさん、こんにちは!


今回もゲームの紹介ではないです。
紹介したいゲームは溜まってきているので、
また、まとまったら文章にしていきますね。


さて、今日は「宿題」についてです。
というか、僕の学習観のようなものの紹介になるかもしれません。
あくまでいち個人の意見として読んでいただけると幸いです。



サイコロ塾では、学校から帰ってきた子どもが過ごします。
学校の宿題をする子もいれば、まっすぐゲームをする子もいます。


僕は、「宿題あるの?」とは聞くけれど、
「宿題をしなさい」とは言いません。
宿題をしだした子どもがいればお手伝いはします。
ただ、「学習を強いる」ということには、
ひときわ敏感になって子どもと関わっていると思います。
今回はどうしてそういう態度をとるのか、
ということについて書いていきます。


子どもたちは、「勉強嫌い」「宿題やりたくない」と言います。
なぜ?


「宿題」って嫌なものですか?


かくいう僕は小さいころ宿題をあまりする子ではなかったです。
それは、いったん身につけた内容を、何度も繰り返しさせる、
というやり方が嫌だったからです。
でも、勉強は嫌いではなかったし、今でも嫌いではないです。


むしろ、好きかもしれない。
だって、新しいことを知ることができるし、
それによってできることが増える、
新しい体験をすることができるようになる。
読めなかったものが読めるようになる嬉しさ、
自分で買い物をすることができるようになる誇らしさ、
そういったものは勉強がくれたものです。


「先生」はたくさんの知らないことを知っていて、
学校の授業はいつもワクワクするものでした。
その思いは今でも変わりません。


サイコロ塾に来て宿題をしている子どもたちを見ると、
とても辛そうに、苦行でもしているかのようにしています。


ひとえに宿題の出し方などの問題はもちろんあります。
(直接は書きませんが・・・)
しかし、そもそも「宿題」「勉強」に対する、
ネガティブイメージが子どもたちあるように思います。


いつから?
いつからそうなるんでしょうか?


宿題がポジティブイメージをともなっているもの、
宿題をすることによって、新しい扉が開けて、
次にまた進んでいける、っていう感覚をもたらすことって、
できないのでしょうか?


子どもたちにとって、宿題・勉強はいつの間にか、
「しなければならない」ものになっています。
本当は「したい」ものである方がいい。


ヒトは生来的に「学びへの欲求」を持っていると思います。
「食べる」や「寝る」などの欲求が満たされたあとにはなりますが、
その後は知識・情報を栄養とする生物だと思っています。


「宿題って楽しいんだ」「勉強って楽しいんだ」というのは、
実は最初は子どもたちは持っていると思うんです。


それが、強制されたとき、嫌なものになる。


だから、サイコロ塾では、
「宿題・勉強のご褒美にゲームをするということは決してしない」
ことを方針としています。


これは暗に、
「宿題・勉強」=辛くて、しなければならないこと
「ゲーム」=楽しくて、したいこと
という構図を子どもたちの感覚として作ってしまうからです。


サイコロ塾でやっていることは、
子どもたちがもともと持っている、
「学ぶって楽しいんだ」という感覚を取り戻すことです。


「ゲーム」は楽しい。それはそう。
だけど、実は「ゲームは学ぶこと」だし、
「学ぶことでゲームはもっと楽しくなる」。


「ゲーム」も「学ぶこと=宿題・勉強」も共に楽しいことなんです。
こうした学習観ってなかなか理解されないかもしれません。


ただ、1つの理想として、
ゲームを通して子どもたちに伝えていくことができたら、
と思っています。


http://www.q2l.org
リンクはアメリカのチャータースクール「Quest to Learn(Q2L)」です。

僕は、これを目指しています。

いつか、実現させたい夢です。
posted by サイコロ塾塾長 at 12:49| Comment(0) | そのほか

2016年05月19日

感情をコントロールすること

こんにちは!


今日のブログテーマは、「感情をコントロールすること」です。

一見すると、ゲームと関係ないように見えますね。
でも、サイコロ塾の普段の活動でも、
また放課後ボドゲ道場でも目標の1つにしていることです。


ゲームには、「勝ち負け」という明確な価値観が存在します。
これ自体は是非があるわけでも、善悪があるわけでもないです。


しかし、ひとたび「勝ち負け」へ異常にこだわりだすと、
とたんに問題が浮かび上がってきます。


それが、ゲーム中に起こる感情の取り扱いです。


ゲームは多分に運の要素が存在します。
それを完全にコントロールすることは不可能です。
これが、大人も子どもも同じ土俵に立って勝負することができるという意味で、
ゲームの良さでもあります。


しかし、運が悪い方に転べば、自分の勝利が遠のくこともあります。
そんなとき、「悲しい」「悔しい」、
そして、ときには「怒り」さえも覚えるかもしれない。

逆もまた然り。
運が良い方に転べば、「嬉しく」「喜び」に溢れるでしょう。


感情自体は否定できるものではないです。
勝負にある程度こだわる=真剣勝負になるからこそ、
ゲームは面白くなるのです。
だから、適切に感情を表すのはとてもいいことだと思います。


ただし、そうした感情を不当な行動で示すのは違います。
ここでいう不当な行動とは、

・ゲーム途中で諦めを口にする→他の人のモチベーションがさがる
・ゲームを逸脱する振る舞いをする
・必要以上に喜び、敗者をこけおろす
・etc...


サイコロ塾では常々、
「ゲームだから、勝ったり負けたりする」
ということを伝えています。


勝った時には自分の実力、
負けた時には運が悪かった、とゲームの展開を振り返ることをしてほしいと思っています。

あわせて、それぞれの場合にどう行動していけばよいか、
については子どもたちに伝えていきたいと思っています。


ゲームが終わった後、
「あの人には負けちゃったけど、もう一回あの人とゲームをしたい」
そう言われるような行動をとれる人になって欲しいと思っています。
posted by サイコロ塾塾長 at 10:37| Comment(0) | そのほか